岡山県南東部、備前市鶴海地区は温暖で比較的雨が少なく日照量が多い瀬戸内海特有の気候です。雨が少なく大きな川も流れていないので多くのため池が整備され田畑の水を確保してきました。
また山に囲まれ強風の被害も少なく作物の栽培に適しており、このような恵まれた気候風土の下で長い時間をかけて育まれ、そして現在も栽培されているのが「鶴海なす」です。
備前市鶴海地区でのなすの詳しい導入の時期や経緯は不明(地区の農家が旅先から持ち帰った種子で栽培を始めたと言われています)ですが明治末期には栽培されていました。昭和初期にかけて当地域では多くの野菜が近隣に出荷されていましたが、特になすは果肉はやわらかく絶品と言われ「鶴海なす」といわれ親しまれていました。
昭和5(1930)年発行の「鶴山村小誌」には
主要農産物生産額
茄子/一一六八〇/一八六八圓
の記載があります。
注)備前市鶴海、佐山地区の合計 なす/11,680(単位は不明)/1,868円
当時の物価は 白米一升(約1.5kg)18銭(0.18円)、卵1個4.1銭(0.041円)
昭和25(1950)年頃には鶴海なすの栽培面積は2~3ヘクタール(※伝統野菜の聞き取り調査より)ありました。
昭和中期までは盛んに栽培されていましたが、その後見栄え良く多産性の品種一ほとんどは一代雑種(F1)―が多く生み出され、輸送網が発達すると他産地のナスに置き換えられ従来の「鶴海なす」の栽培量は少なくなってしまいました。
ナスの一代交雑(F1)の歴史
大正13(1924)年、埼玉県農事試験場の柿崎技師によって、埼玉の「真黒茄子」と「巾着茄子」をかけ合わせた「埼交茄子」が誕生。これは野菜の一代雑種(F1)としても世界初で非常に注目されましたがほとんど普及しませんでした。
昭和38(1963)年に「千両二号」をタキイ種苗が開発。品質、生産性が非常に高く瞬く間に全国で普及、現在でもナスの主要品種となっています。以降数多くの一代交雑(F1)が生み出され現在生産されているナスのほとんどを占めています。
伝統野菜の厳密な定義はされていませんが,古くから(昭和時代前半以前)栽培されていた在来種の野菜とされることが多いようです。その中で地域に根ざした特色ある野菜は「地域伝統野菜」と言われることもあり、採種を繰り返していく中でその土地の気候風土にあった野菜として確立されてきたものです。
農林水産省がまとめた「中国四国地域の地域伝統野菜」によると岡山県では 鶴海なす(備前市)/衣川なす(倉敷市)/万善かぶら(美作市)/土井分小菜(真庭市)/備前黒川かぼちゃ(瀬戸内市)の5品目が地域伝統野菜として挙げられています。